人間の「知能」の本質に迫る。人工知能の「知能」とは何なのか。【読書レビュー#100】

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ついに!

待望の!!


100冊目!!!


この本は10月29日に読み終わってますので、10カ月で100冊達成!
あとはどこまで伸ばせるか、ですね。

まぁもちろん数が目的ではないのですが・・・。

今年(2017年)は月間10冊を!

って明確に目標を宣言してるかと思ったらしてませんでしたね。
自分の中で焦ってただけか・・・。

昨年最後の記事の一番末尾でポロッとつぶやいてるだけでした 笑

でもなんか達成が見えてきた気もするし、これから先の予定を考えると、
ちょっと厳しい気もしています。
さてさてどうなることやら・・・。

そして本日はこちら。


久々の人工知能もの、ですかね。

年初1冊目も、そして記念すべき100冊目も期せずして人工知能もの、
って思ったら違いましたね。
1冊目ではなく、昨年の最後に読んだ一冊がこちら↓でした。


そのときのレビューにはこんなこと書いてました。

ひとことで言うと、

ヤバい、これ。

非常に稚拙ですが、ホントにヤバいんです。シンギュラリティ待望論者としては震えがくる内容。
特に松尾豊准教授始め、様々なその道の第一人者との対談が悶絶モノの面白さ。
「深層学習は農耕革命に匹敵する」と冒頭から再三謳われているが、まさにその通りかと。
知能とは何か、思考とは何か、そして人間って一体何なのか。考えさせられます。
年の最後に良い一冊に巡り会えたなぁと。


なんかもう一回読んでみたいなぁ、とこの1年折にふれて思い出す一冊であったことは、
間違いないです。

ってなんか今年の総括みたいになってますね 笑
まだです。

今日ご紹介の人工知能の哲学は、人工知能の「知能」とはなんなのか?
に重点を置いた著作。

つまり、人間の「知能」って一体何なんだ、というのが中心のテーマです。
ディープラーニングとかニューラルネットワークとかで、
思考の一部を代替して再現したAIは「知能」とは根本的に異なる。

もっというと、人間の思考の過程を経て生み出された「反応」を再現する、
というのは人工「知能」ではない、ということですね。

だから碁だけが強いAlpha-Goとかクイズだけが強い(というのは極論だけど)、
Watsonとかの「弱いAI」は知能ではない、と。

人間の知能とは一体何なのか、というのを、認知科学、認知心理学、脳科学、場の哲学、
という幅広い領域から考察がされています。

例えば、目から入ってきた光を通しての環境認識は、
脳が騙されることによって作られている世界で現実のものとは異なる。
色を認識できるもの、人間の脳が都合よく騙されるようにできてるから。
そして錯視が錯視たり得るのも人間の脳みそには騙される能力があるからで、
コンピューターが自然にその能力を獲得することは不可能。

錯視、というと、こんなのとか、
Kanizsatriangle.jpg

こんなの、ですね。
Shepardillusion.jpg

※ちなみに、ですけど、1枚目の絵、どこにも正三角形は存在しません。
 2枚め、2つの四角形は同じものです。

錯視の他にも、空間把握や知能には身体感覚がなしにはありえない、
つまり身体の動き無しには空間がどうなっているのか、が把握できないのはもちろん、
知能というものそれに連動しないと持ち得ないらしいんです。

そういう意味では、身体感覚というか身体がないコンピューターが人間の知能を凌駕する、
というシンギュラリティの、「知能」とは一体なんなのか。
決して人間の知能そのもの、ではあり得ない、ということになります。

結局、今騒がれてるのは上にもあげた「弱い人工知能」で特定の何かができるだけあって、
人間の思考を完全に代替するものにはならない、と。

また最近良くいわれる、〇〇年後になくなる職業とかの煽り記事の類が多いですが、
それにしても代替できる作業、というのは多く存在することは事実ですが、
職業自体を代替することはできない、とも。

物事をつなげて意味づけ、無限定空間・無限定環境に対応できることこそが知能だと。

例えば、最近のディープラーニングの技術で「椅子」の画像認識の精度は上がったとしても、
場所を特定しない、つまり山道や砂浜などに無造作に転がっている岩や丸太を、
「椅子」の仲間として認識することはできないですよね。
でも人間は「疲れた、座りたい」という欲求を満たすものがあれば良いわけで、
それが椅子として意図されデザインされたものであるか否かはまったく気にしないし、
そんなこと考えもしないですよね。

とかとか、書き出すとキリがないんですが、(場の認識と自己の認識とか)
とにかく深まります。

これ以上は哲学とかも勉強しないとなぁ、という状態で、
手始めにこんな本を控えさせておきました。



要はAIと知能はまったく違うものなので(現段階では)、恐るるに足らじ、
なんですが、ひとつ警鐘を鳴らしていることがありまして、
それが「フィルターバブル」です。

どういうことかというと、今でも結構そうですが、
ネット上で出会うものって、どんどんパーソナライズされて、
自分の趣味趣向にあったものに適正化されてきてますよね?

それが今後テクノロジーが益々発展することで、よりパーソナライゼーションが加速して、
極度に進むことによって、偶然の出会いや思わぬ刺激というのが減っていき、
そうすると人間の想像力はどんどん衰えていき、最終的に滅んでいく、と。

とにかく色々と興味深い一冊でした。
もうちょっと勉強してからまた読みたいですね。

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